大会について思うこと

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昨日はスケジュールの合間を縫って関西ヨーヨースクールにお邪魔してきました!今週末が西日本大会ということで出場選手の方が大勢参加されており、各選手が当日披露されるフリースタイルを拝見することが出来ました。

出場される選手の皆様の健闘をお祈りしています。

突然ですが、ヨーヨーの大会では順位と同じくらい「自身のフリースタイルの出来」も大切だと僕は感じています。というのも、僕もこれまでにたくさんの大会に出場してきたのですが、フリースタイルの出来が悪いにも関わらず順位が良い場合は、何だか釈然としないことが多いからです。

もっと決まっていればもっと順位が良かったはず、という悔しさではなく、自分が一生懸命考えて練習したフリースタイルを、納得がいくレベルで披露することが出来なかった、という事に対するやりきれなさが原因ですね。

逆にフリースタイルの出来が良くて順位が振るわなくても、やりたかった事が出来たから良かった、という充実感があることが多かったです。

また、結果が「全てのプレイヤーが納得する内容」になりにくいことも、フリースタイルの出来に価値を見出すべきだと感じる一因です。

と言うのも、学力テストや短距離走のように誰の目から見ても勝敗や順位が解るシーンとは違い、ヨーヨーの大会は当日各選手が自由に披露する演技内容をジャッジが目視し、それを瞬間的に判断するというルールになっており、前述したような非常に明確な判断基準のもとで行われるものではないからです。

なので「俺はこの選手のほうが上手いと思うし、この順位はおかしい」というプレイヤーがいることは当然ですし、どのような結果であっても、全てのプレイヤーを納得させることは難しいでしょう。

ただ、ルールの自由度の高さが演技内容の幅に広さに繋がっていることは確かですし、僕は決してルールや審査内容に関するお話がしたい訳ではありません。

ちょっと話が脱線してしまいましたが、以上のことから順位だけに価値を見出すのではなく、自身のフリースタイルの出来にも価値を求め、大観衆の前で納得いく内容のフリースタイルが出来た自分を褒めてあげることは、大会やフリースタイルを楽しむにあたり大切なことだと僕は思います。なので、大会のときはいつも「全ての選手が、自分自身で納得がいく内容のフリースタイルをすることができればいいなぁ」と思っています。

もちろん競技会ですから、順位を追い求めることは純粋で尊く、選手としての本来の姿だと思います。ですが、このような考え方で大会に臨むのもひとつの選択肢かなと常々感じているので、甘っちょろい考え方だと思われるかも知れませんが、こんなコラムを書かせて頂きました。

選手の皆様の健闘をお祈りしています!

 

 

 

 

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